個人的な話題で恐縮だが、私が参加したO内閣当時の経済戦略会議と、M内閣当時のIT戦略会議の経験について少し述べてみたい。
サプライサイドによる改革が内需活性化に大きく貢献するよい事例であると思う。
1998年頃、日本経済は不良債権問題で苦しんでいた。
特に不動産市場は最悪の状況で、不良債権がらみの不動産だけでなく、優良な不動産さえも動かない状態であった。
1980年代の不動産バブルのときは、ゼネコンや小売業などは巨額の不動産投資をするため、銀行から多額の借金をした。
不動産市場が停滞したときには、誰も借金を増やして不動産に投資しようとは考えなかったのだ。
経済戦略会議では、不動産の「証券化」と「流動化」を行いやすくすることがこうした事態に変化をもたらすと考え、最終報告書にはその点を強調して書いた。
結果的にはその直後に、不動産の証券化や流動化にかかわる様々な制度が成立した。
その狙いは、不動産市場に外部からの資金を入れやすくするために不動産の証券化を促進し、ディベロッパー(開発業者)による不動産の開発・運営と、投資家による不動産に対する投資を、分離しようというものだ。
それによってディベロッパーは過度なリスクをとることなく不動産開発や運営が行えるようになる。
同時に、多くの人に小口から大口まで、様々な不動産投資の機会を提供することが可能となった。
結果的には、この時期を境に不動産投資が活性化し始め、不良債権問題で停滞していた日本経済が復活する一つの大きな原動力となったのである。
今回のサブプライムローン問題で、行き過ぎた不動産の証券化に対してはその問題点が指摘されているが、複雑に何度も組み替えを行った米国の証券化と、他の一般的な証券化を、同列に議論してはならない。
不動産証券化は正しく利用すればリスク分散を可能にし、不動産利用を活性化させる機能を持っているのだ。
いずれにしろ、90年代末に行われた不動産の証券化や流動化に関する様々な制度改革その中には規制緩和も含まれる住結果的に財政的資金をほとんど使わずに市場メカニズムによって不動産市場を活性化させることに成功した。
まさに、サプライサイド政策の典型的な成功事例である。
もう一つの事例として、2000年頃行われた、M内閣の下でのIT戦略会議の経験について簡単に紹介しよう。
当時、日本のIT環境は非常に遅れていると言われていた。
とりわけ問題となっていたのは高速でインターネット通信を行うブロードバンド環境の遅れだ。
当時出回っていた資料では、韓国では30万人程度がブロードバンドを利用しているが、日本では2000人程度にすぎないと報告されていた。
この資料がどこまで正確だったかは別として、たしかにその頃の通信と言えば、非常に通信速度の遅いダイヤルアップによるものが主であった。
IT戦略会議は、Nなど既存の通信業者の保有する回線に、他の業者もADSLをつなげられるようにすることが鍵になると考えた。
Nなどの立場からすれば、「なぜNのネットワークに、競合会社の通信サービスを低料金でつなげなければいけないのか」という反発が出る。
けれども「Nの回線はNのものである以前に国民の重要な資産であり、利用することで、できるだけ通信の高度化を図ることが急務である」というのがIT戦略会議の多くの委員の考え方であった。
最終的に、既存業者のネットワークを開放するような制度改正が行われた。
その結果については読者の多くがよくご存じだろう。
あっという間に日本全体にADSL方式のブロードバンドが普及し、電話もIP電話が増え、N自身は、その次の世代の光通信に積極的に取り組み始めたのだ。
ブロードバンドが急速に普及したことによる経済的効果は非常に大きい。
しかも、ここでも、財政的負担はほとんどゼロである。
制度を一つ変えるだけで、民間企業や市場の力で経済活性化を実現することが可能なのである。
そこに、様々な形の新たなる内需が生まれるのだ。
日本をアジアに向けて「開く」
内需拡大と言うと、どうしても日本国内の市場に限定して考えがちだ。
大きな誤りである。
医療で、あれ農業であれ教育であれ、日本の内需産業を活性化しようとするなら、世界に向かって、とりわけアジアに向かって開くという姿勢が必要になるのだ。
人口が減少していき、従来の慣行や既得権益でガチガチに縛られた日本の中で改革を推し進めようとしても、堅い岩盤に跳ね返されるだけだ。
目をいったん外に向け、日本の内需産業の市場を海外にまで広げ、海外の異質なものを日本に取り込むことが大切となる。
A内閣のアジア・ゲートウェイ戦略会議の目的は、日本をアジアに向かって開くことによって、日本の社会や産業の強化を目指すというものだった。
日本の文化発信からはじまり、教育、農業、金融などの開放、アジアとの関係を活性化するための物流の制度改革などが論議された。
その基本的な考え方は、日本のすべだった。
この制度や産業を、「日本を開放する」という視点から総点検する必要があるというものこの視点は、この章で取り上げている内需振興においても非常に重要である。
たとえば医療、教育、農業分野などはその典型だろう。
日本の医療制度は、日本人による、日本人のための、日本の制度だ。
教育も農業も同じである。
本当にそれでよいのだろうか。
医療には本来国境はないはずだ。
日本で行われている医療は西洋医学であろうが、東洋医学であろうが、元来海外からやってきたものだ。
世界のベストプラクティスを吸収しようとすれば、外に向かって開いた制度にしなくてはいけない。
だが、残念ながら、日本の制度はそれとはほど遠い状態だ。
わずかの人数の看護師を海外から受け入れようとしても、関係者による大反対の合唱である。
こんな国が世界にどれだけあるだろうか。
米国の医療にはいろいろ問題もあるが、外に向かって開放することで、米国の医療制度は様々な形で活性化している。
たとえば、米国の大病院には海外から多くの患者が治療にやってくる。
わざわざ大金を払ってやってくるから、金持ちが多いのかもしれない。
そうした人たちの治療(つまり医療の輸出)を行うことで、収入が増えることも重要だろうが、それ以上に、米国の医療技術や人材育成に大きく貢献しているはずだ。
学問も医療も同じだと思うが、専門性の高い分野であるので、専門的な経験をいかに多く積むことができるのか、同じ分野の専門家がどれだけ多く存在しているのかということが重要なのだ。
その点、米国の大病院の医師は恵まれている。
外国への医療の開放が産業の活性化にとって重要であるということを、多くの国々が認識し始めている。
シンガポールやタイなどは、医療の対外開放に向けて動き始めた。
数年前、日本とタイの経済連携協定の論議をしているとき、タイの外交官が見せてくれた資料によると、その時点で1年間に延べ7万人程度の日本人がタイの病院を利用していた。
その中には現地に住む日系企業の家族なども多く含まれているだろうが、日本からも相当数出かけているはずだ。
アジアという急速に発展する地域の中で、もし日本が医療サービスの開放を始めたら、それに対する潜在的な需要は大きいはずだ。
中国にも韓国にも、日本で検査や治療を受けたいと願う人はたくさんいるだろう。
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